学習性無力感 
──パーソナル・コントロールの時代をひらく理論──

   クリストファー ピーターソン
スティーブン F.  マイヤー
マーティン E.  P. セリグマン
A5判・400ページ 定価[本体5200円+税]
ISBN 4-931199-69-0 C3011 \5200E
2000. 7. 15  第1版 第1刷

目 次
第1章 イントロダクション 1
 無力感とパーソナル・コントロールの現象 2
 学習性無力感の理論 6
 “学習性無力感”の3つの使用 7
 学習性無力感:内部指向、分析指向、外部指向 9
 学習性無力感がなぜ論争の的になったのか 10
 学習性無力感はなぜかくも有名になったのか 12

第2章 動物の学習性無力感 17
 最初の学習性無力感実験 17
 学習性無力感理論 20
 論争 29
 時間的接近性と随伴性の対比 33
 表象と期待 45
 明らかになっていること 56
 分かっていないこと 57

第3章 学習性無力感の生物学 61
 ノルエピネフリン 62
 γ‐アミノ酪酸(GABA) 67
 内因性オピエート 81
 神経伝達物質、伝達修飾物質、およびホルモン 88
 CRH 88
 その他の事項 92
 明らかになっていること 94
 分かっていないこと 95

第4章 人間における学習性無力感の問題 99
 学習性無力感の判定基準 100
 実験室における学習性無力感の操作的定義 101
 人間の無力感研究のメタ分析 108
 人間の無力感に関する他の側面 112
 人間の間での学習性無力感の一般性 116
 認知と自己報告 118
 その他の説明について 126
 明らかになっていること 147
 分かっていないこと 148

第5章 帰属の再公式化 151
 歴史的背景:帰属理論と理論化 151
 原因の説明とコントロールの所在 154
 再公式化された学習性無力感モデル 156
 説明スタイルの評価 166
 説明スタイルの実証的な研究 176
 明らかになっていること 192
 分かっていないこと 193

第6章 学習性無力感と抑うつ 197
 抑うつとは何か 197
 抑うつの改訂学習性無力感モデル 207
 近代化と抑うつ 223
 論議 227
 明らかになっていること 239
 分かっていないこと 239

第7章 学習性無力感と社会問題 243
 学習性無力感の基準 245
 適用例の検討 247
 明らかになっていること 281
 分かっていないこと 281

第8章 学習性無力感と身体的健康 287
 幾つかの基本的なルール 287
 病気になる危険要因 289
 メカニズム 306
 動物と人間における健康と病気 317
 明らかになっていること 320
 分かっていないこと 320

第9章 エピローグ 325
 選択の小史 325
 コントロールの重要性 330
 科学的論争と進歩のモデルとしての学習性無力感 332
 学習性無力感とパーソナルコントロールの時代 333
 楽観主義研究所 335

References 337
索引 371
原語訳語対照表 376
監訳者あとがき 379
著者訳者紹介 382

日本語版序文 
 津田彰教授および彼の同僚たちが、1993年発行の「学習性無力感:パーソナル・コントロールの時代をひらく理論」(Learned Helplessness: A theory for the age of personal control)の翻訳に当たってくれたことを嬉しく思っております。私たちはまた、学習性無力感についての考えをまとめたこの本が発行以来多大な注目を集め、我々の日本の同僚の精緻な努力を得たことを喜ばしく思っております。
 この本の副題は、国を異にする読者の方には多少の説明を要するかも知れません。この本にも書いたように、学習性無力感とは、コントロールできない出来事──その個人がした事、しない事にかかわらず起こった出来事──に直面した際の個人的経験の結果を指しています。受動性が一つの重要な結果であり、私たちは人間を含む他の動物にも広く見られるものとして、この現象を示す研究を論じています。しかし、私たちの焦点が人間に向けられる場合、文化によって規定される重大な制限があります。
 私たちは現在の西洋社会、とくにアメリカにおける生活について論じており、その社会は、個人的成功や充足、いかに人々が自分の行動によって重要な結果をつかめたか、また自負心や自己評価、効力感といった心理状態に重きをおく性格をもった社会です。これら全ては、個人に起こった事柄をコントロールするに際して、人々の意識を取り巻くものです。したがって、コントロールの失敗は、良くない結果を引き起こすのです。
 学習性無力感は集団性に重きをおく社会に関連があるのでしょうか? 私たちは関連があると考えています。例えば、集団的無力感を、個人的無力感と似た方法で論じることが可能です。家族、グループ、コミュニティー、そして国全体が地震や台風、災害、経済危機、戦争、飢饉、政治的テロリズムといったコントロールできない事柄を経験します。集団性が全体としてはこれらの出来事に反応し、かつ消極的に反応するでしょう。更には個人的無力感は、コントロールの性質、そしてその性質への妥当な反応についての文化的信念によって形作られるでしょう。
 本書の発行以来、無力感の研究者の関心を集めるようになったトピックスの一つはコントロールについての文化的文脈であり、私たちは本書の日本語版がこの分野における一層の研究を促すものであることを願っています。他のより最近のトピックスは、コントロールできない出来事への反応の基礎過程である生物学的メカニズムを特定する、既に現在進行中の試みを含んでいます。コントロールとは免疫系への重大な心理学的影響の一つであり、学習性無力感の研究はしたがって、いかに病気や疾患が起こるのか、より一般的にはいかに心と身体が相互に関係しているのかについての理解を導くものです。しかし、(近年)研究者の関心を集めはじめたもう一つのトピックスは無力感の「反対」、つまり、効力感あるいは楽観主義と呼ぶものです。このトピックスは、研究者が人間の弱さと同時に強さ、脆さと同時に回復力、疾病に対する治癒と同時に健康に焦点を置く、ポジティブな社会科学をめざす最近の動向の一例です。私たちは数十年にわたる学習性無力感の研究がポジティブ社会科学者に役立つ何ものかを提供できると信じております。

クリストファー ピーターソン (ミシガン大学 ミシガン州アナーバー)
スティーブン F.  マイヤー (コロラド大学 コロラド州ボルダー)
マーティン E.  P. セリグマン (ペンシルバニア大学 フィラデルフィア州フィラデルフィア)

序文
 コントロール不可能な出来事を経験することによって、将来も同じくコントロール不可能な出来事を避けられないと考えてしまうと、動機づけの障害をはじめとして、感情障害、学習障害が起こる。この現象は学習性無力感(learned helplessness)と呼ばれてきた。1960年代に初めて、学習性無力感の基礎過程とその応用に関する研究が始まった。本書は、その幕開きから現在まで、学習性無力感の物語を綴ったものである。
 この物語は、個人的な語りによっている。初めに、Steven F. MaierとMartin E. P. Seligmanがペンシルバニア大学にいた。学習性無力感は、彼らの学習の動物実験室で最初に発見された。その後、Christopher Petersonが彼らの旅に参加することとなったが、初めはコロラド大学でMaierと一緒に、その後ペンシルバニア大学でSeligmanと共に研究を行なった。当事者の立場から、学習性無力感の研究がどのように展開されていったのか詳しく述べることで、なぜ学習性無力感が有名になり、かくもたくさんの反論を呼び起こしたのか明らかにする。学習性無力感について分かっていることと分からないことをはっきりさせる。個人主義とパーソナル・コントロールを強調する社会の広大なキャンバスの中に学習性無力感を描き出す。
 研究は孤独な作業とは程遠いものであった。われわれの仕事の過程、そして本書ができあがるまでには多くの方々の援助があった。われわれの研究は長い間、国立精神衛生研究所や国立老人研究所、国立科学財団、海軍研究所、マッカーサー財団などから助成を受けた。
 同様に、本書の執筆に際しても、大勢の人達の助けを借りた。Lisa M. Bossioにはとりわけ、われわれ3人の意見を一つにまとめる作業に大いに貢献してくれたことに謝意を表する。Frank Finchamからは、われわれの初稿に対して含蓄ある批評と示唆をいただいた。オックスフォード出版社のスタッフと仕事ができたことに感謝する。とくに編集者のJoan Bossertの励ましと助力に深謝する。
  1992年夏
アン・アーバー、ミシガン  C. P.
ボウルダー、コロラド  S. F. M.
フィラデルフィア、ペンシルバニア M. E. P. S.

監訳者あとがき
 本書は、クリストファー ピーターソン(Christpher Peterson)、スティーブン F. マイヤー(Steven F. Maier)マーティン E. P. セリグマン(Martin E. P. Seligman)の共著 “Learned Helplessness: A Theory for the Age of Personal Control" (Oxford University Press, 1993) の日本語訳である。
 第1著者のピーターソン教授は現在、ミシガン大学の心理学の教授である。ポジティブ思考と身体的ウェルビーイングとの関連性についての新しい研究に取り組んでいる。楽観的性格傾向(オプティミズム)と悲観的性格傾向(ペシミズム)の違いが病気の罹り易さから病気の経過と予後を左右するという彼の見解は、疾患中心の生物学的アプローチから個人的な信念体系、社会的役割などを含めた全体論的アプローチを重視する医学の動向とも相まって、臨床心理学と実験精神病理学の統合という健康心理学の新境地を開拓したといえる。
 また第2著者のマイヤー教授は現在、コロラド大学の心理学教授である。行動心理学の分野では、質の高い学術専門雑誌という評価が定まっている“Learning and Motivation"の編集長を長く務めている。学習性無力感現象の発見当初より、先輩のセリグマン教授と一緒にその理論化と現象の普遍化に携わってきた。とくに、動物の学習性無力感の研究では常に世界をリードしてきた。学習性無力感効果の随伴症状として、世界的にトピックスとなった鎮痛や免疫系の変化の心理的意味や意義を物質的基盤を持って実証的に明らかにすることを心がけてきた研究姿勢は、神経科学全盛の時代における心理学者の1つのモデルとなっている。
 第3著者のセリグマン教授はフロイトの再来と称せられるほど、心理学ワールドにおける学習・行動理論や人格理論に関して数々の革命を引き起こした著名な実験家でもあり、理論家でもある。現在、ペンシルバニア大学の心理学教授として、臨床心理学の研究教育に携わるかたわら、米国心理学会の会長など多数の要職もこなしている。学習性無力感現象について、彼の本質を見ぬく卓抜とした観察眼と精緻な理論構築、理論検証の実行力がなければ、この現象の発見以来35年が経過しようとしてもなおかつ、これが心理学研究の主要なテーマとして世界中の心理学徒に多大な影響を及ぼし続け、学習性無力感理論が拡大深化することはなかっただろう。今後いかに心理学が変貌を遂げようとも、1970年代から現在までの現代心理学の発展に貢献を果たした、彼を中心とした同僚や弟子達の学習性無力感に関わる数々の研究は歴史の1ページを飾り続けるに違いない。
 さて本書は、コントロール不可能な外傷体験が動機づけ、情動、認知、心身の変化ひいては健康、寿命に与える影響について、パーソナル・コントロールの感覚と楽観的または悲観的性格傾向が果たす役割について、この研究領域ではいずれも当事者の3人が共同で書き下ろしたものである。1960年代の中頃には、イヌの回避反応の学習失敗に過ぎなかった動物実験がなぜ、1970年から1980年代、1990年代にかけて、かくも心理学における主要な研究テーマとして君臨し、現在もなおかつ世界中の心理学者の探究心を煽り続けつつあるのか。なぜかくもこの現象が学術的研究テーマにとどまらず、社会問題の解決のための理論的枠組みを提供するとともに、その実践的介入まで期待されるようになったのか。当事者側の視点から、その経緯と苦悩、克服に向けての取り組みがじつに生き生きとした臨場感をもってレビューされている。ここには、学習性無力感の現象を1つのモデルとして、動機づけ、情動、学習、発達、行動、人格、社会、認知、思考、健康、臨床、文化、教育など心理学が対象とするほぼすべての領域が扱う問題と現代的な対応が含まれており、読者に対してまさしくストレス時代のための様々な問題に適用される場合のパーソナル・コントロールとストレスマネジメントの理論的枠組みを提供している。換言すれば、ここ35年に亘る学習性無力感研究のすべてと現在の最前線の知識を要約していることのみならず、今後解決が迫られている問題などを含めて、新たな研究の統合、拡大、発展を示唆している。
 今、本書の校正作業を終えて、米国フィラデルフィアでのセリグマン教授との初めての出会いと彼の自宅に招待されたことの感激や、メキシコ、アカプルコでのマイヤー教授との食事での談笑を思い出す。また、ピーターソン教授とのインターネットによる電子メールの履歴リストをコンピュータの画面に広げながら、監訳者にとって、本書を日本語版として日本の読者に紹介できる喜びとその責任を痛感するとともに、ある種の感慨が湧いている。
 監訳者は、世界の主要な国で翻訳されたと言われているセリグマン教授の前著 “Learned Helplessness: On Depression, Development and Death" (Freemann, 1975)「うつ病の行動学─学習性無力感とは何か」(平井 久・木村 駿 監訳)(誠信書房、1985)の翻訳の一部を大学院生時代に担当した。最初の訳出作業からちょうど30年が経過した。監訳者の心理学徒ととしての歩みは、爾来、外傷的な出来事(いわゆるストレッサー)へのコントロール可能性の有無とその心理生物学的影響(いわゆるストレス反応)との関係について、研究の対象が動物から人間、さらにはクライエントに移っても、その究明は続いている。その意味で、心理学者としてのアイデンティティを培ってくれた学習性無力感現象に格別な思いがあるのかもしれない。
 本書が今、監訳者の研究仲間達の心強い協力によって、形有るものになったことに感謝したい。早くに原稿を頂戴した先生方には、出版が遅れたことをとくにお詫びしたい。数名の訳者で翻訳の作業を行なったので、訳語が不統一な個所、適切な日本語になっていない個所、あるいは間違いも多々あるかと思われる。それらはすべて、監訳者が責任を負うものである。読者の方々からの率直なご意見とご批判を賜れば幸いである。
 最後に、日本語版の出版に賛意を示してくれた二瓶社の吉田三郎社長の英断にも感謝したい。1997年の秋に、関西学院大学で開催された日本心理学会第61回大会に招待されたセリグマン教授の講演を聴かれて、本書を広く日本の読者のために広める意義と必要性を感じて、講演後すぐに日本語訳の版権を求めた彼の行動力にお礼を申し上げます。
 本書の出版を契機に、パーソナル・コントロールの喪失によって引き起こされるストレス、うつ病、ライフスタイルの乱れに起因する生活習慣病、無気力、学業不振、いじめ、不登校、非行、犯罪などの医学的、教育的、社会的問題が今後ますます増加することが予想される時代にあって、ストレスマネジメントとしてのパーソナル・コントロールの維持と強化が図られることを希望する。
 監訳者に学習性無力感現象を探究することの喜びに導いてくれた、恩師の故平井 久先生(前上智大学教授)に本書を捧げます。

 2000年5月の新緑と五月晴れの大学の研究室にて
訳者を代表して
津田 彰 

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